从《武士道》看日本人的精神文化

 2022-06-24 23:13:48

论文总字数:10215字

摘 要

《武士道》一书,是新渡户稻造对于传统文化的探索,也是寻求西方世界对日本文化理解的努力。本文通过对《武士道》一书进行批判地研究,了解武士道内涵。一方面,武士道精神刺激了日本人的极端思想,让日本陷入了军国主义的陷阱。另一方面,武士道精神成为了日本战后经济高速发展的原动力。武士道深刻影响了日本传统文化,而《武士道》一书把日本传统文化推到了世界面前。新渡户稻造率先通过文化输出,向世界介绍了日本文化,希望借此消除西方对日本的固有误解。本文通过研究这次文化输出,探求其对于我国的启示。在全球化的今天,我国提倡“文化自信”。既要重视传统文化,也要通过文化传播,向世界“讲好中国故事”。

关键词:《武士道》、武士道精神、日本文化、文化传播

要 旨

『武士道』という本は、新渡戸稲造が伝統文化の探索であり、西洋に日本文化の理解を求める努力である。本論文は『武士道』という本を批判的に研究し、武士道の内包を理解しようとする。武士道精神は日本人の極端な思想を刺激し、日本を軍国主義の罠に陥いらせた。一方、武士道精神は日本の戦後の経済の高度の発展の原動力ともなった。武士道は日本の伝統文化に深く影響を与え、『武士道』は日本の伝統文化を世界中の人々にアピールした。新渡戸稲造は真っ先に文化輸出を通じて、日本の文化を世界に紹介し、西洋の日本に対する固有の誤解を取り除くことを望んだ。本文はこの文化輸出の行い方を研究し、我が国への示唆を探求する。グローバル化が進んでいる中、我が国は「文化自信」を提唱している。伝統文化を重視し、文化の伝播を媒介として世界に「中国の話」をうまく伝えるべきである。

キーワード:『武士道』、武士道の精神、日本文化、文化の伝播

目  次

はじめに 1

第一章 『武士道』について 2

1.1 『武士道』の作者と創作の背景 2

1.2 『武士道』の概要 2

第二章 『武士道』の中身と価値 4

2.1 武士道思想の源 4

2.2 武士道文化の特徴 4

2.3 倫理上の意義 5

第三章 武士道の影響と啓示 7

3.1 日本社会にける武士道の影響 7

3.2 『武士道』に書いてない武士道 7

3.3 中国への示唆 8

おわりに 9

参考文献 10

謝辞 11

はじめに

『武士道』(BUSHIDO: The Soul of Japan)は、明治33(1900)年、アメリカにて刊行されたのち、イタリアやドイツ、ポーランドやノルウェーからロシアにいたるまで、多くの国の言語で翻訳され大ベストセラーになった新渡戸の著書である。武士道は日本にも誇れる独特な文化である。新渡戸稲造は世界に武士道に象徴される日本人の生き方と考え方を紹介していた。日本人の生活においては、どこでも武士道の影響が見られる。「武士道」は、新渡戸という国際人の先駆けが、欧米に向けてチャレンジした力作であり、それと同時に、日本人として西欧とかかわるときの魂の叫びだったのである。

第一章 『武士道』について

1.1 『武士道』の作者と創作の背景

1862年、岩手県盛岡市に生まれた新渡戸稲造は、祖父が江戸で材木商として成功した裕福な家柄で、家には西洋の文物があったことから英語に興味を持つようになる。明治維新後の明治4(1871)年わずか9歳のとき叔父を頼って上京、13歳のときには東京英語学校(現東大)で英語を学んだのち「少年よ大志を抱け」のクラーク先生で有名な札幌農学校に入学し、農学を学ぶとともにクリスチャンとして入信した。

札幌農学校に入学時は、何かあればすぐに論争を繰り広げる熱血な青年だったが、キリスト教徒(洗礼名:パウロ)となり、次第に、落ち着いた紳士的な青年へとなり、性格も変わって、西洋の文化と学問の魅力に惹きつけられた。札幌農学校卒業後、新渡戸は帝国大学(現・東京大学)の入試試験を受け、このときに面接で「われ、太平洋の架け橋とならん」という有名な言葉を残している。そしてその後に東大を退学してアメリカやドイツに留学した。

明治17(1884)年22歳のころにはアメリカの大学へ進学するも、3年後にはドイツへ官費で留学した。1891年、帰国後は札幌農学校で教授として、農業科目だけでなく、語学などの多くの科目を受け持ち、大活躍した。しかし、過労によって体調を崩してしまった。アメリカで療養していた明治33(1900)年に『武士道』を英語で執筆した。この『武士道』は、アメリカのルーズベルト大統領にも読まれ、各国語に訳されベストセラーとなった。

そもそも本書は、新渡戸のドイツ留学中にベルギーの法学者から「宗教教育がない日本はどのようにして子孫に道徳を教えるのか?」と問われた経験に愕然としたのがきっかけだったとか。また、妻のメアリーからもなぜ日本でこのような思想や道徳教育がいきわたっているのかと何度も聞かれたことで『武士道』を書くことを決意した。外国の人に日本の精神を教える、という趣旨から英文で書き上げられた。世界中が突如現れた得体の知れない日本と日本人に対して「一体何者だ?」を持っていた時代に、新渡戸は「日本人とは何か」ということを『武士道』というタイトルの本を出版した。

1.2 『武士道』の概要

新渡戸は武士道を一言で言うと「武士の掟」すなわち「高き身分の者に伴う義務(ノーブレス・オブリージュ)」であると述べている。

武士道は「武士」という存在が生まれてから、「封建制」という社会が自然と生み出したもので、「ここに武士道の源あり」ということは出来ないと書かれている。一人の侍が決めたものではなく、何百年という長い時間をかけ完成されていった武士の産物である。

武士道の内容的には仏教・神道・孔子・孟子の教えが源となっているようで、禁欲的な平静さ・死への親近感・君主に対する忠誠等様々な方面の教えから武士道は成り立っているのである。新渡戸は武士が重んじた価値として「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という7つの要素が、近代日本人の道徳観として残されていると述べている。

第二章 『武士道』の中身と価値

2.1 武士道思想の源

日本は宗教を持っていないと言われるが、正確には国教(国として定められた宗教)がないだけで、仏教や儒教などの思想は多くの人々に影響を与えてきた。その中、仏教・神道・儒教は武士道を支える上で特に重要な思想である。

神道は、武士道の中に忠誠心と愛国心を徹底的に吹き込む。また神道の祖先崇拝は、次から次へと系譜をたどることによって、ついには天皇家を民族全体の源とした。

新渡戸によると、武士道に最も大きな影響を与えたのは儒教だった。武士道における道徳的な教義は、孔子、孟子の教えが源泉となっている。当時、孔子や孟子のテキストが盛んに学ばれた。さらに、武士道では知識のための知識を軽視した。「論語読みの論語知らず」という言葉を耳にした方は多いと思うが、これは孔子の言葉をただ知っているだけで、それを行動に活かさない人を指摘した言葉である。

武士は行動の人というように、蓄えた知識も実際に使わなければ意味がない、行動に反映されてこその知識・知恵であるという「知行合一」の精神(中国の思想家、王陽明の思想)からも影響を受けていることがわかっている。

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